或る世界

2021年9月

  1. 指で選んだ線から裂け目だけが横へ外れる

    割れ目が避けた一片

  2. 足裏の低さへ地上の像が重なってくる

    地上が上がる階段

  3. 見える線と触れる道が指先でほどける

    黄色い靴の段差

  4. 身体の高さだけ風の届かない幅が動く

    膝裏の静けさ

  5. 曲がれない場所で次の向きだけ受け取る

    右向きを持ったまま

  6. 拭けない白さを灯りの側から消してみる

    灯りの側の一粒

  7. 指を緩めた長さだけ窓が上から閉じる

    紐の十センチ下

  8. 数字が替わる間にも籠は線を横切る

    二つ目の四のあと

  9. 落ちた一本を縁が指の高さへ戻す

    椀の三本目

  10. 同じ歩幅が境目で左右にほどける

    緑の側だけ短い

  11. 身体が返るたび月だけが反対側へ残る

    折り返しの同じ窓

  12. 見えない間にも細い一本は油の上を動く

    炎の裏の玉葱

  13. 緩んだ側から岸の一点が船を引き戻す

    二本の間の一往復

  14. 額に届いた日向を靴はまだ知らない

    靴までの半歩

  15. 空の軌道を車輪音だけが先へ曲がる

    二度目の低い震え

  16. 均した土へ次の一歩が同じ窪みを戻す

    踏み直す前の土

  17. 指を離しても声と像が同じ場所に残る

    声の戻るねじ山

  18. 葉は踏めない隙間だけをつないで向こうへ行く

    足場の裏の曲がり角

  19. 冷たい面へ近づくほど部屋の灯りが薄くなる

    額ひとつぶんの夜

  20. 指をほどいた場所だけ金属の冷たさが戻る

    留め金の向こうの布

  21. 表裏が変わっても内側の細い線は湯を待つ

    中央だけの待ち時間

  22. 同じ風の中で袖口だけが帰り道を受け取る

    帰りの左袖

  23. 机の列が黙ると同じ文字がガラスへ浮かぶ

    指一本ぶんの切断

  24. 指が沈む一か所だけ透明な列に空きがある

    空いた丸みの裏側