或る世界

二本の間の一往復

緩んだ側から岸の一点が船を引き戻す

足元の縁へ寄ったとき、船首側の係留索が水を切って持ち上がった。さっきまで垂れていた弧が直線に近づき、岸の金具へつながる最後の部分だけが細かく震える。船体は向こうへ離れようとしていた。

索が張り切る直前、船の動きはいったん止む。次いで、引かれた分だけこちらへ戻り始める。真っ直ぐだった船首側は緩み、水面へ触れたところから黒く沈んだ。反対に、船尾から伸びる一本がゆっくり水を離れ、今度はこちら側の動きを受け止める。

船は岸を離れず、同じ場所で係留を保つ。それでも同じ一点に止まってはいない。二本の索が許す範囲を横切り、一方へ寄るたび、遠い側に残った金具が船を引き戻した。岸から見える移動は短いが、そのたび甲板の窓と背後の建物が少しずつずれる。

次の波では、船尾側の索が先に張った。船体がわずかに回り、船首は岸壁から離れ、船尾は近づく。前の一往復を逆にたどるように見える。それでも二本の長さと角度が違うため、戻る線は行きの線から外れていく。

やがて二本とも弧を取り戻し、船はその間で短く静まった。動きが終わったように見えたあと、船首側の索から水滴が順に落ちる。最後の一滴が水面へ戻ると、船尾側の一本がまた少しずつ真っ直ぐになった。