或る世界

赤い人の手前

先に動いた脚へ別方向の許可が届く

縁石から右足を離しかけたところで、信号の中の赤い人が目に入った。爪先を戻すと、靴底の前半分だけが先に路面へ触れ、踵が遅れて小さく鳴る。

視界の端には青緑の灯りもあった。光った瞬間に膝が緩んだのは、色を見て進めると思ったからだろう。けれどそれは車道へ向けられた合図で、こちらの歩幅には届いていない。

横から車の走る音が続く。青緑の丸は一台ずつを選ばず、同じ向きへまとめて流していた。赤い人型は動かないまま、こちらの二本の脚だけを縁石の内側に残す。

色を取り違えたというより、呼ばれていない合図へ身体が返事をしかけた。見えていることと、自分へ向けられていることのあいだには、首を少し上げて形を確かめる時間が要る。その短いあいだにも、右足はもう半歩を始めていた。

両足をそろえ直す。青緑の灯りが消えるより先に車の音が途切れ、交差点へ静かな間ができた。赤い人はまだ立っている。今度は膝を緩めず、靴の中で爪先だけを一度丸めた。