或る世界

2021年8月

屋根が下がる一席

上昇は窓の外から先に始まる感覚

扉が閉まり、向かいの席へ腰を下ろした直後、座面が一度だけ後ろへ揺れた。動き始めたのかと思って窓を見る。すぐそばの建物の屋根は、まだ窓枠の同じ高さにあった。

足裏へ意識を移しても、床は傾いていない。鉄骨らしい斜めの線だけが窓の外をゆっくり横切る。次に屋根を見ると、軒の線が窓枠より指一本ぶん下へずれていた。身体には上がった感覚がないのに、外の建物が先に沈み始めている。

座席の端を握り、背を少し浮かせた。重さは真下へ戻り、膝が左右どちらかへ流れることもない。円の上を進んでいるはずなのに、乗っている箱はその都度、床を足裏へ向け直していた。

窓の外では、さっき目の高さにあった明るい窓が下へ移る。別のゴンドラは斜め上から近づき、すれ違うころにはこちらより低くなった。高さを増したのはこちらなのか、周囲が下がったのか、座った姿勢のままでは区別がつかない。

背中を席へ戻す。屋根の上端はもう窓の下半分にあり、その向こうへ暗い水面が細く見えた。靴底は最初と同じ平らな床を踏んでいる。窓枠を指でなぞる間にも、建物の灯りだけが一本ずつ下へ抜けていった。

止まった後の半往復

静止は細い索を遅れて降りてくる

黒い吊り具が右へ動き、いちばん遠いところで一瞬ためらってから戻ってきた。赤白の長いブームはもう動いていない。先端から下がる細い索だけが斜めになり、その下端を空の上で小さく往復させている。

次に右へ振れた幅は、建物の窓一枚ぶんほど短く見えた。左へ戻るときにも同じだけ狭まると思う。けれど吊り具は予想した位置を少し越えた。風が押したのか、索のねじれがほどけたのかは分からない。動きの理由は見えなくても、止まりきっていないことだけは黒い点の位置で分かる。

右、左、右と、黒い点が向きを変えるたびに胸の中で数えた。折り返しまでの時間は短くならず、横へ動く距離だけが減っていく。三度目からは目玉を動かさず、建物の縦線を正面に置いたまま、点が視界の端へ入っては戻るのを待つ。

何度目かの往復で、黒い点は窓枠の縦線に重なった。そこで止まったように見え、首を下ろしかける。すると点は縦線の反対側へ指一本ぶん出た。静止を確かめようとするたび、最後の動きは目で決めた境界をわずかに越えていく。

次の往復を待った。索はほとんど垂直で、吊り具も縦線の脇から離れない。それでも目を逸らさずにいると、黒い点が半分だけ右へ出て、ゆっくり線の陰へ戻った。その半往復を見届けて、ようやく首を下ろす。

黒い輪の内側

表面より先に指の腹へ水が届いている

鉢の縁へ水を細く注ぐと、土の色が弧に沿って黒くなった。流れを一周させても、茎の周りには乾いた色が残る。外側の黒い輪だけが太くなり、内側の明るい円を少しずつ狭めていった。

水が茎まで届いたかを、どこで決めればよいのだろう。表面だけを見れば、まだ距離がある。けれど黒いところへもう一度注ぐと、水は横へ広がる前に土の中へ消えた。見えている輪郭より下では、別の速さで内側へ進んでいるかもしれない。

茎から指二本ぶん離れた場所へ、人差し指の先を差し込んだ。表面はさらりとしていたが、爪の半分ほど沈めたところで土が指の腹へまとわりつく。冷たさもある。水は乾いた円の下へ、先に入り込んでいた。

それでも、根がどこまで伸びているかは見えない。湿った土へ触れたことと、必要な場所へ水が届いたことは同じではないはずだ。もう少し注げば確かめられるようにも思えたが、量を増やしても、見えない根の位置が分かるわけではない。

指を抜くと、細い穴の底だけが黒く光った。周りの乾いた土を指先で寄せる。穴は埋まったものの、その場所には小さな窪みが残り、輪の外側から水が一本だけ流れ込んできた。茎へ着く前に、窪みの中で土へ吸われていく。

角を合わせると花がずれる

同じ場面の外側が紙ごとに入れ替わる

小さい写真を持ち上げ、四分割された紙の花へ重ねた。中央の青い花房を合わせると、手前の葉もほぼ同じ位置へ収まる。ところが右端にある細い柵は、下の像より指一本ぶん内側へ寄っていた。

写真の角を紙の区切りへそろえてみる。今度は柵が重なったが、花房の中心が左へずれた。片方だけが傾いているのかと思い、上の写真を少し回す。右上は合っても左下が開き、二枚の間に細い三角形ができる。

同じ場面なら、拡大か縮小をすれば全部重なるはずだと思っていた。けれど印刷された範囲が違えば、紙の角から同じ物までの距離は変わってしまう。花を中心にした一枚と、周りの葉まで残した一枚では、同じ花の位置が紙ごとに異なる。

紙の縁ではなく、花の小さな白い点を一つ決め、そこへ親指を置く。二枚をその一点で押さえたまま、上の写真を一度持ち上げた。青い房はほとんど動かないのに、そのたび背景の柵と葉だけが左右へ往復する。

最後に二枚の左端を合わせた。花は二重になり、濃い青と淡い青の輪郭が少し離れて見える。ずれを直さず、そのまま机へ置く。上の写真からは消えていた葉が、下の紙の縁から細く一枚だけ出ていた。

等号を逆に渡る

下からたどると等号は反対向きに開く

答えの右端へペン先を置き、最後の等号を左へ渡った。そこから一つ上の行へ戻り、分数の横に並ぶ項を指で数える。式を書いたときは上から下へ進んだのに、確かめる手は紙の下から上へ登っていく。

等号そのものには、矢印のような向きがない。左と右が同じだと示すだけなら、どちらから渡ってもよいはずだ。それでもノートの上では、左辺から右辺へ、上の行から下の行へという道筋ができていた。答えは道の終点に置かれている。

逆向きにたどると、途中の一行で指が止まった。下の式にある項の数と、その上から運んできた数が合わない。書き進めたときには長い式の中へ紛れた空所が、戻るときには道が一本途切れた場所として現れた。

欄外へ小さな印を付け、もう一度、今度は上から計算する。抜けていた一項を足すと、それより下の数字も書き替える必要が生じた。等号は同じままなのに、その先へ置いた答えだけが順番に動いていく。

最後の行を消し、新しい数字を書いた。ペンを置く前に、今度は答えから二行だけ戻る。二つの等号を右から左へ越えても項の数は変わらない。三つ目へ進もうとして、ペン先を紙から浮かせた。

指先を置いたまま葉が逃げる

触れた壁だけが影の移動を覚えている

葉の形をした影の先へ、人差し指を置いた。指の腹には壁の細かな凹凸が当たり、爪の横まで白い粉がわずかに付く。暗い葉に触れているように見えても、返ってくるのは壁の硬さだけだった。

反対の手で鉢らしい物を少し回す。影の葉先が指の下から左へ滑り、指だけが明るい壁に残った。動いたものへ触れ直そうと、指を横へずらす。今度も同じざらつきが続き、影の輪郭を越えた瞬間に感触が変わることはない。

影の中と外では、指先の温度もほとんど同じだった。目を閉じれば、どちら側にいるのか分からない。影は壁を暗く分けているのに、触覚へ渡せる境目を持っていなかった。

もう一度鉢を戻すと、葉先は指へ近づいてくる。そこで指を止めた。黒い縁が爪の半分を覆い、さらに進んで指全体を通り過ぎる。影に触るつもりだった手が、今度は影の通り道を塞がずに立っていた。

指を壁から離す。そこには丸い指の影が新しく加わり、葉影の端と短く重なった。手を下ろすと丸い影だけが消え、植物らしい葉は元の場所より少し左で揺れている。

二本線の下の数字

空白には訂正した場所が見つからない

黄色いACキーを親指で押すと、並んでいた数字がまとめて消えた。一文字ずつ戻るのではなく、直前までの長さも、どのキーから押し始めたかも、空の表示からは分からない。指だけが、最後に押したキーの丸い窪みを覚えている。

ノートへ同じ数字を黒い筆記具で写した。途中の一桁を間違え、その上へ短い線を二本引く。横に正しい数字を書いても、訂正線の下には古い数字の丸みが残り、どこで手が止まったかを紙の上から読むことができた。

紙に残る訂正だけでは、前の数字を正しく復元できない。線が重なれば六にも八にも見え、あとで読み返すころには、誤ったのが入力なのか転記なのか区別がつかなくなる。残っていることは確かさの証拠にはならず、空の表示も、最初から何もなかったことを証明しない。

もう一度、電卓へ短い式を入れた。途中で押すキーを間違え、今度はDELで一桁だけ戻してから続きを打つ。答えを紙へ移したあと、電源を切る代わりにACへ指を移す。表示はすぐ空になり、ノートには新しい数字と、その隣で古い数字を横切る二本線が残った。

筆記具を置き、画面を指で軽く拭く。数字はどこにも戻らない。指紋だけが薄い表示面に残り、机の光を受けて、押していないキーの方へ伸びていた。

湯気の片側

閉じた丸みには内側の熱が残っている

左の丸みにフォークを刺し、ナイフを中央へ入れた。焼けた表面を越えたところで手応えが軽くなり、刃の両側がゆっくり離れる。開いた切り口へ手の甲を近づけると、見えない熱が一度だけ指の付け根を撫でた。

切る前は同じ形で並んでいた二つのうち、片方にだけ内側が見える。濃いソースが上から流れ込み、断面の細かな隙間へ沈んだ。右の一つは丸いまま光っていて、どこに熱が残っているのか外からは分からない。

切った一片を口へ運ぶ。表面のソースはすぐ舌へ触れたのに、噛むと中心からもう一段高い温度が現れ、息を細く吸った。残した半分は、皿へ伏せた切り口から湯気を逃がしている。次の一口を待つ間にも、濡れた断面の光が少しずつ鈍くなった。

手の甲を、切った方と丸い方の上へ交互にかざす。開いた面からはまだ熱が届く。丸い方は指を近づけても同じほど温かく感じず、表面の下に残る熱を外から比べることはできなかった。そこへナイフを下ろす。新しい切り口から細い湯気が上がり、隣では最初に切った面のソースが皿へ一滴落ちた。

刷毛の先の一片

払ったものの中に元の輪郭が混じる

乾いた花の下へ白い紙を差し込み、いちばん細い刷毛で花弁の縁を撫でた。薄茶色の粉が紙へ落ち、その脇に少し大きな小片が一つ加わる。刷毛を止めても、小片は丸まった花弁とよく似た色をしていた。

埃だけを除けば、花は元の形に近づくはずだ。けれど紙の上に落ちたものを分けようとすると、どこまでが後から積もった埃で、どこからが保存していた花の一部なのか、境目が見つからない。小片を戻す場所も分からなかった。

別の花へ指を近づけ、触れずに息を吹く。茎が壁から離れて戻り、乾いた花弁同士が小さく鳴った。埃らしいものが光の中へ浮いたあと、また茶色い粒が紙へ落ちる。今度は落ちる瞬間を見ていたのに、もともと茎についていたものか、間に挟まっていたものかまでは分からない。

長く残すために乾かしたものは、掃除をしなくても埃に覆われ、掃除をしても少しずつ欠ける。何もしないことと手を入れることのどちらが形を保つのか、目の前の一回だけでは比べられなかった。刷毛を置き、紙を持ち上げずに残す。

しばらくすると、窓から入った弱い空気で粉だけが紙の端へ寄った。茶色い小片は動かない。その重さの違いだけが見え、どちらを花のそばへ戻すべきかは、まだ決まらなかった。

卓を外れた肘掛け

通路を開くと肘掛けは卓から離れる

二脚の椅子のあいだへ足を入れたところで、右の肘掛けに腰が触れた。身体を横へ向けても、今度は左の椅子の背へ肩が当たる。足は通れるのに、上半身の幅だけが途中に残った。

右の椅子を持ち上げず、前脚を支点にして外側へ少し回す。背の間は広がり、正面を向いたまま通れる幅ができた。その代わり、座面は低い卓に対して斜めになり、手前の肘掛けだけが卓の角から遠ざかる。

通り抜けたあと、その椅子へ腰を下ろしてみた。膝は卓の端ではなく隣の空席へ向き、手を伸ばすと上半身だけを左へねじることになる。椅子を卓へ正対させれば座りやすいが、立ち上がるたびに同じ細い隙間を横向きで抜けなければならない。

座ったまま、踵で前脚を内側へ押した。椅子は正面へ戻りかけ、肘掛けと卓の距離が縮まる。完全には戻さず、膝が卓の角を向くところで止めた。座面には斜めが残ったものの、手はねじらず卓へ届く。

もう一度立って椅子の後ろを通る。今度は腰も肩も触れなかった。通り過ぎながら手で背を押すと、椅子はわずかに卓の方へ回る。開けておいた隙間は指一本ぶん狭くなり、座面だけが先ほどより正面に近づいていた。

一枚だった三つの輪

切り分けた面が輪ごとの置き場所を持つ

厚い玉葱の中央をトングで挟み、裏返そうと持ち上げた。内側の二つの輪はついてきたが、外側だけがアルミ箔の上に残る。白い円盤を持ったつもりの手から、急に真ん中の抜けた形が下へ落ちた。

持ち上げた方を脇へ置くと、内側の輪も重なりを失う。切る前は同じ高さに揃っていた面が、三つの細い輪になって別々の場所を占める。元の外側へ戻そうとしても、柔らかくなった縁が内へ曲がり、隙間なく収まらない。

トングの先で外側を少し広げ、二つ目をその中へ置いた。焦げた線の向きを合わせると、片側は近づくが、反対側には細い三日月形の空きができる。いちばん小さい輪を加えるころには、どこが元の中心だったのか判然としない。

輪切りは、包丁を入れた直後なら一枚として扱えた。けれど層の境目まで切ってつなぎを失えば、重なって見えることだけが一枚らしさを保っている。持ち上げる力は同じ方向へ掛かっても、加熱面との接触や柔らかさの違いで、輪ごとに残る場所が分かれた。

元へ戻すのをやめ、三つを少し離して並べる。トングで一つずつ返すと、それぞれの下から異なる太さの焼き跡が現れた。最後の小さな輪は転がって隣のキャベツへ触れ、円のまま斜めに立って止まる。

五個目の外側

印刷された数は中身の増減を追いかけない

外袋から一つ抜くと、底に集まっていた重みが片側へ寄った。口を持ち直し、残りへ順に指を置く。表の大きな「5」は、取り出す前と同じ場所でこちらを向いている。

「5個パック」は、封を切る前の袋についてだけ正しいのだろうか。個包装が一つ外へ出た瞬間、中身は四つだ。それでも袋を見れば、五個あるように読める。間違いではないのに、今の数でもない。

抜いた一袋を戻した。外袋の数字と指で数えた中身が、もう一度そろう。ただし数字が中身を追いかけたわけではない。こちらが、印刷されたところまで戻ってきただけだ。

外へ置いた一袋にも、それ自身の名前が印刷されている。机の上には五つあっても、外袋の中だけなら四つ。袋の口を境目にするか、机の端までをひとまとまりにするかで、数える範囲だけが動いた。

もう一度、一つを外へ置く。外袋の口を畳むと、掌に収まる厚みは少し減る。五個入りという名前を残したまま、袋だけが軽くなった。次に数えるときは、表を見ずに指を入れる。

赤い人の手前

先に動いた脚へ別方向の許可が届く

縁石から右足を離しかけたところで、信号の中の赤い人が目に入った。爪先を戻すと、靴底の前半分だけが先に路面へ触れ、踵が遅れて小さく鳴る。

視界の端には青緑の灯りもあった。光った瞬間に膝が緩んだのは、色を見て進めると思ったからだろう。けれどそれは車道へ向けられた合図で、こちらの歩幅には届いていない。

横から車の走る音が続く。青緑の丸は一台ずつを選ばず、同じ向きへまとめて流していた。赤い人型は動かないまま、こちらの二本の脚だけを縁石の内側に残す。

色を取り違えたというより、呼ばれていない合図へ身体が返事をしかけた。見えていることと、自分へ向けられていることのあいだには、首を少し上げて形を確かめる時間が要る。その短いあいだにも、右足はもう半歩を始めていた。

両足をそろえ直す。青緑の灯りが消えるより先に車の音が途切れ、交差点へ静かな間ができた。赤い人はまだ立っている。今度は膝を緩めず、靴の中で爪先だけを一度丸めた。

支柱の中の一枚

回る一枚が重なった瞬間だけ数から消える

左上の羽根が支柱へ重なるまで、目を離さず待った。先端は空の明るいところをゆっくり下がり、支柱へ近づくほど黒い線どうしの隙間が細くなる。

羽根が真下を向くと、その輪郭は太い支柱の中へ入った。風車の上には斜めに開いた二枚だけが残り、遠くからは大きな二又の道具に見える。消えた一枚は回転を止めたのではない。動き続けたために、こちらから見えない線へちょうど収まっていた。

そこで一度、瞬きを挟む。目を開けても形は二又のままで、羽根が重なった瞬間だけを切り取れば、回転していることまで消えてしまう。けれど右上の羽根は少しずつ傾きを変え、見えない一枚も支柱の裏で同じ角度だけ進んでいるはずだ。

やがて支柱の右側から、細い先端が少しずつ現れた。短い黒線は長さを増し、三枚目の羽根へ戻っていく。見えなかった間を確かめる印は残らない。それでも上の二枚が動いた距離と、今ほどけてくる一本の長さが、支柱の中でも回転が続いていた時間を示していた。

先に食べた半分

同じ一枚の片方だけが飾りに加わる

バナナの輪切りを菓子の縁へ置き、指一本ぶんずつ間を詰めていく。最後に残ったのは、丸い一枚では埋まらず、二枚でははみ出す幅だった。周りを少しずつ動かせば閉じられそうだが、クリームには置き直した丸い跡が残る。

隙間へ一枚を置く。残りは輪切りの半分ほどになった。新しい一枚をまな板へ戻し、包丁を中央へ下ろす。刃が抜けると、果肉の小さな黒い点も二つに分かれた。切った面はすぐに濡れ、二つを離す指の間へ細い糸を引く。指を開くと糸はまな板へ落ち、両方の切り口に同じ艶が残る。

半分を指でつまみ、切り口を隣の一枚へ向けて差し込んだ。押されたクリームが切り口の脇へ少し盛り上がる。指先でそれを戻すと、一枚半ぶんの隙間は閉じた。

包丁の脇には、使わなかった半分が残っている。皿の上では片方だけが飾りに加わり、こちらはもう置く場所を持たない。皿を持ち上げる前に、残った方を口へ入れる。同じ一枚だったのに、半分だけが菓子より先になくなった。

膝頭で割れた梟

指が離れた折れ目にも一羽は続いている

膝を胸へ引き寄せると、ズボンに並んだ梟の一羽が膝頭で上下に分かれる。目は腿の側に残り、腹の模様は脛の方へ移った。間にできた布の皺が、嘴のあたりを細く隠している。

腿にある目から嘴へ、人差し指を滑らせていく。嘴の先で布が急に落ち込み、指は皺の谷を越えられずに離れた。線は同じ布の上で続いているのに、膝の角度が指の通り道を二つに分けている。

片脚だけ前へ伸ばす。皺の谷が浅くなり、腿側の嘴と脛側の腹がゆっくり近づく。膝をまっすぐにすると、さっき指が離れた場所を一息でなぞれた。ただし布は縦へ引かれ、丸かった二つの目が少し長くなる。

膝を少しずつ曲げ直し、同じ線をもう一度たどった。浅い角度なら指先は布に触れたまま進む。胸へ近づけるほど嘴の下へ影が入り、最後には指の腹一つぶんの空所ができた。梟が切れたのではなく、触れられる順序が変わるだけだ。

最後に両膝を抱え直す。最初の梟はまた二つに折れたが、腿に残った両目はこちらを向いた。脛へ回った腹は見えないまま、皺の下でつながっている。指で皺を伸ばさず、その一羽だけを膝の上へ残した。

肘の内側の一本線

鉤を離れた房が掌の高さを決める

吊られたバナナの房へ右手を伸ばし、いちばん下の実を掌で受けた。少し持ち上げても、房は天井近くの鉤に残ったままで、指には表面の硬さしか返ってこない。左手を茎の結び目へ運ぶ。

紐を緩める前に、右肘を腹へ寄せた。房の下側は腕より広く、端の実が袖へ触れている。掌を上へ押しているあいだ、鉤は重さの大部分を受けたままだ。右腕だけが、まだ来ていない重さに備えて固くなった。

左手で紐の輪を鉤から持ち上げる。輪が金属の先を越えた途端、房が指一本ぶん沈んだ。右の掌から肘の内側まで重さが一度に広がり、肩が前へ引かれる。下の実は遅れて揺れ、隣の房へ一度だけ触れた。

茎を左手で握り直し、房を胸の前へ抱える。吊られていたときは縦に長かった形が、腕に載せると斜めへ傾き、いくつかの実が互いの隙間へ収まった。通路へ向き直るたび、下端だけが小さく振れる。

低い台へ房を下ろすと、右腕が急に軽くなった。袖をまくると、前腕に一本の赤い線が残っている。外した紐の輪をその脇へ置いても、細い跡だけは肘の内側でしばらく消えなかった。

指の影を五本置く

遮った白さに花弁の重なりが戻る

白い花の上へ掌をかざした。光を受けて一つの面に見えていたところへ影が入り、内側へ巻いた花弁の縁が現れる。掌を少し動かすと、細い皺が影と一緒に隣の花へ渡った。

手を近づけすぎると、一枚の花弁だけでなく花全体が暗くなる。肘を引き、掌と花の間を広げた。影の輪郭が柔らかくなり、白さを残したまま、重なった場所だけに淡い灰色が差す。

五本の指を少し開く。指の影と、その間を抜けた光が花の上へ交互に並んだ。明るい帯では縁がまた見えにくくなり、暗い帯では表面の細かな筋まで現れる。同じ一枚の花弁を、明暗が細く分けていく。

親指だけを曲げ、中央の花へ丸い影を置いた。花弁の奥は薄い黄を帯び、その手前の白と離れて見える。周りの花は光の中へ残り、形より先に明るさが目へ届く。

掌を下ろすと、灰色だった筋は白さに紛れる。今度は一本の茎をつまみ、花をわずかに手前へ傾けた。外側の花弁が内側へ影を落とし、手をかざさなくても皺が一本現れる。その影は花と一緒に動き、指を離すと縁の下で止まった。

結び目から遠い緩み

一本を引くと離れた袋が丸く戻る

後ろの荷を束ねた紐の結び目へ指を入れ、輪を一つぶん引いた。手前の線はすぐ硬くなったのに、積み重なった袋の向こう側では、紐がまだ指二本ぶん浮いている。一本の続いた線なのに、張りは同じ速さで届かない。

結び目から順に指でたどった。紐は袋の丸い角で曲がり、別の紐と交差し、荷台の下へ入っている。角を一つ越えるたび、引いた力の一部がそこで止まり、次の区間には緩みが残った。強く引けば全体が一度に締まると思っていたが、紐の通り道はいくつもの曲がりを持つ。

いったん結び目を緩め、浮いた区間を手で手前へ送った。袋の表面がへこみ、隣の袋は押し出されて丸くなる。緩みを一つ消すと、別の場所に短い輪ができた。形の変わる荷では、紐だけをまっすぐにすることができない。

上の袋を掌で押さえ、交差した紐を一本ずつ引く。手前、横、荷台の下という順で余りを結び目へ集めた。最後に輪を作って結び、それぞれの区間を指ではじく。短いところは高く、袋を大きく回るところは低く鳴り、張った紐にも別々の音が残った。

自転車を半歩ぶん前へ押す。後輪が回ると上の袋がわずかに沈み、さっき張った横の紐へ新しい緩みが生まれた。結び目には触れず、その小さな弧だけを指で一度はじく。紐は袋へ戻り、今度は低い音で止まった。

机へ渡る三回

抜けた力を三つの支えが順に受ける

手前の黒い部品を親指と人差し指で挟み、まっすぐ引く。指は動かないまま、透明な覆いごと機械が机の上を数ミリ滑った。左手を伸ばす前に、もう一度だけ力を足す。

部品は急に抜け、引いていた右手が胸の方へ跳ねた。金属の先が覆いの縁へ軽く当たり、机には短い音だけが残る。空になった差し込み口の奥を覗いても、さっきの固さを示すものは見つからない。

隣の部品へ指を移す。同じ幅の黒い部分を持ち、今度は初めから左手で機械を押さえた。引く右手へ力を足すたび、左の掌には反対向きの圧が増える。部品が外れても右手は跳ねず、代わりに左手の下で覆いが一度きしんだ。

三つ目を持つ前に、機械を机の縁近くへ動かす。左手の指を覆いの上ではなく側面へ当て、腕を机へ伏せた。右手で引いた力は、部品から差し込み口、覆い、左手、机へ順に渡る。途中で一度止まったあと、最後は音を立てずに指の間へ収まった。

机の上では、三つは抜いた順に並んだ。外から見える形は、どれも黒い長方形に近い。空いた口へ一つ目を戻し、抵抗が増したところで押す手を止める。機械は滑らない。左腕を机から上げると、肘のあった場所だけが丸く温まっていた。

折り目の向こうの赤

手を近づけた瞬間に輪郭が消える

白い紙の端を赤い光の前へ差し出した。端子の奥を覗いていたときには小さな点だった光が、紙の上では角の丸い四角になる。紙を近づけると色は濃くなり、輪郭も指先より小さく縮んでいく。

光そのものを見ようとすれば、見えるのは暗い穴の奥にある一点だけだ。けれど何かに受け止めさせると、離れていた面の広さや傾きまで一緒に現れる。紙を遠ざけるほど赤い四角は広がったが、中央の明るさは薄くなった。

紙の中央に折り目をつけ、浅い山を端子へ向ける。赤い四角は頂点で二つに分かれ、左右の斜面へ細長く伸びた。右側だけを奥へ押すと、そちらの赤は小さく濃くなり、手前へ残した左側は広くぼやける。一つの穴から出た光が、紙の角度によって別々の距離を持った。

折り目を平らに戻しても、紙には赤い跡が残らない。どこまで光が届いたかを示すのは、受けている間の色だけである。鉛筆で輪郭をなぞろうとすると、手の影が端子を覆い、四角が先に消えてしまう。

紙を机へ置き、今度は端子を少しだけ持ち上げた。赤い光は紙の縁から外れ、木目の上へ淡く移る。白い面では四角だったものが、茶色の筋に重なると片側からほどけていく。端子の奥には、また指先ほどの赤い点だけが残っていた。