或る世界

留め具には触れず

閉じかけた布へ遅れて一滴が届く

傘の留め具を外してから、雨音がほとんどしないことに気づいた。手の中には、引き返して取りに戻った重さがある。せっかく持ってきたのだからと開き、濡れた通路へ足を置いた。

外へ出たときは、首筋の一滴で進むのをやめた。傘があれば、戸口で迷わずに済むと思っていた。ところが、開いた後には、いつ閉じるのかという別の迷いが残った。霧は建物の上の方を隠しているが、布を打つ雨粒はない。

持ち手を下げ、骨を半分ほど畳む。すると左上で水が一度だけ弾けた。空から降ったのではなく、木の葉に残っていた滴らしい。傘を戻すと、その後はまた静かになった。音が止んだことを閉じる合図にすれば、次の一滴が決定を取り消す。

濡れた木や壁は、雨が止んだ後もしばらく水を渡してくる。さっきまでの天気が、場所ごとに違う時刻で終わっていく。空を見上げても一滴の行方は分からない。私は開閉を二度繰り返し、とうとう留め具には手を掛けないまま歩き出した。

建物の庇へ入ると、傘を斜めにして脇へ置いた。布から集まった水が先端へ寄り、舗装へ落ちる。外から来る滴を避ける道具が、今度は自分の内側に残していた一滴を落とした。