或る世界

2021年7月

葱の輪が止まるところ

小さな緑の輪だけが重なりの奥へ消えた

丼を手前へ引くと、上にあった緑の輪が一つだけ動いた。肉らしい薄片の傾きを二度跳ね、途中の窪みへ落ちる。箸を持つ前だったので、その短い移動を最初から最後まで見ていた。

ほかの刻んだ緑は、盛り上がった場所に残っている。転がった一つも同じように載せられていたはずだが、器を数センチ動かしただけで、見える位置から消えた。箸先で探せばすぐ見つかりそうなのに、どの重なりへ入ったのかは見失った。

小さなものは、全体の飾りとして見ているうちは数から外している。散らばった緑として受け取り、どれがどこにあるかまでは覚えていない。ところが一つが動くと、それだけに行き先が生まれる。残った輪は配置の一部のままなのに、落ちた輪だけが、丼の中で通った道を持った。

箸で上の一枚を持ち上げてみたが、その下にはいない。別の一枚の端をめくると、白い飯が少し現れた。緑の輪を見つけるために食事を始めたわけではない。それでも、最初の一口を選ぶ目は、味より先に小さな空洞を探していた。

結局、輪は見つからなかった。箸を置くと、丼の縁に残った緑が一つ、横向きのままこちらを向いていた。器はもう動かさず、次の一口ではその横に箸を入れる。

勝利の下の四分五十七秒

勝った時間の上に以前の速さが残っている

勝利の文字を見てから、その下に並ぶ二つの時間を引き算した。五十三分二十八秒と、四十八分三十一秒。終えることはできたが、以前の自分より四分五十七秒遅かった。

画面は大きな英字で成功を告げながら、すぐそばで最速ではないことも知らせる。勝ったのかと問われれば勝っている。うまくできたのかと問われると、どの数字を見るかで返事が変わる。同じ一回が、合格と記録未達の両方になる。

もしベストタイムが表示されなければ、最後まで進んだ安堵だけで画面を閉じただろう。反対に時間だけが出れば、遅れた理由を先に探したかもしれない。二つが並ぶと、喜ぶことと惜しむことのどちらか一方を選ぶ必要がなくなる。結果は一つでも、受け取り方まで一つにはならない。

以前より遅かったから、この勝利の価値が減るわけではない。だが、勝ったのだから速さはどうでもよいと言えば、記録を見てしまった目に嘘をつく。達成をそのまま受け取り、差も消さずに置いておく。画面に二つの欄があるように、感情にも二つの置き場所があってよいのだろう。

戻る印へカーソルを合わせた。決定する前に、二つの時間をもう一度だけ見る。勝利の文字は消さず、四分五十七秒の差も覚えたまま、ボタンを押した。

一滴を連れたまま

持ち上げた先端だけがまだ下を向いている

もう落ちないだろうと思って手を伸ばすと、ガラスの底から小さな音がした。指を止め、その次を待つ。白い紙の内側は見えても、先端に残った一滴までは見えない。

しばらくして器具の縁へ指を掛ける。持ち上げた途端、先端に透明な丸みが現れた。下の容器と離れても、滴だけは行き先を変えず、まっすぐ底を向いている。

横へ移せば、その動きについてくると思った。ところが手を数センチ動かしても、丸みは先端から離れない。器具と一緒に横へ進みながら、重さを増したように一度だけ伸び、また小さく戻った。

片手で受け皿を近づけようとすると、持ち上げた方の手まで傾きそうになる。落とさないために用意する手が、落ちるきっかけを作ってしまう。私は受け皿を諦め、二つの容器のあいだで腕を止めた。

滴は宙へ落ちず、先端に残ったままである。下へ向く形を保ちながら、器具とともに横へ運ばれていく。置き場所へ着くまで、手首だけを動かさないようにした。

器具の底が机に触れる。指を離してから覗くと、先端の丸みは消えていた。どこで離れたのかは分からない。通ってきた場所を目で戻ると、ガラス容器の縁に小さな濡れ跡が一つ残っていた。

三歩ぶんの雨

首筋の冷たさだけが扉を戻していく

自動扉が閉じる前に、三歩ぶん引き返した。肩はほとんど濡れていないのに、首筋へ落ちた一粒が襟の内側を冷たく滑っていく。靴の先には、外の浅い水を踏んだ跡がもう付いている。傘を持っていないことには、外へ出てから気づいた。

扉の内側で振り返る。濡れた道には傘がいくつも動いていた。外にいるあいだは見上げなかった雨が、ガラス越しなら細い筋になって見える。行き先までは遠くない。走れば済む距離にも思えた。道の乾いて見える部分だけをつなぎ、目の中でもう一度歩いてみる。

もう一度扉へ近づくと、センサーが反応して外気が入ってきた。進まないまま立っているせいで、開いた扉だけが私を待つ。そこから一歩出しては、靴底を扉の溝へ戻す。首筋の冷たさは消えかけている。それでも足は乾いた床から動かない。

後ろから来た人は、肩越しで傘を小さく開いた。私は脇へよけ、その人が残した濡れた足跡を見送る。扉が閉じると、取りに戻るための上向きのボタンを押した。

留め具には触れず

閉じかけた布へ遅れて一滴が届く

傘の留め具を外してから、雨音がほとんどしないことに気づいた。手の中には、引き返して取りに戻った重さがある。せっかく持ってきたのだからと開き、濡れた通路へ足を置いた。

外へ出たときは、首筋の一滴で進むのをやめた。傘があれば、戸口で迷わずに済むと思っていた。ところが、開いた後には、いつ閉じるのかという別の迷いが残った。霧は建物の上の方を隠しているが、布を打つ雨粒はない。

持ち手を下げ、骨を半分ほど畳む。すると左上で水が一度だけ弾けた。空から降ったのではなく、木の葉に残っていた滴らしい。傘を戻すと、その後はまた静かになった。音が止んだことを閉じる合図にすれば、次の一滴が決定を取り消す。

濡れた木や壁は、雨が止んだ後もしばらく水を渡してくる。さっきまでの天気が、場所ごとに違う時刻で終わっていく。空を見上げても一滴の行方は分からない。私は開閉を二度繰り返し、とうとう留め具には手を掛けないまま歩き出した。

建物の庇へ入ると、傘を斜めにして脇へ置いた。布から集まった水が先端へ寄り、舗装へ落ちる。外から来る滴を避ける道具が、今度は自分の内側に残していた一滴を落とした。

冷たさの境目を持つ

指先をずらすたび温度の地図が変わる

持ち上げた途端、薬指だけが冷たさから外れた。親指と人差し指には氷の近くの温度が伝わるのに、底へ添えた指はまだ卓上のぬるさを覚えている。同じグラスを握っている手の中に、二つの季節ができた。

氷が入っている高さは、外側からでも指で分かる。ガラス越しの冷たさが急に強くなり、その少し下では弱まる。目なら液体と空気の境を追うはずだが、手は氷の有無で別の線を引く。その線は水平ではない。浮いた氷が片側へ寄ると、冷たい場所もわずかに傾いた。

飲み物の温度を一つの数字で言うのは簡単である。けれど、触れているあいだの温度は場所ごとに違い、持ち方を変えるたび答えまで移る。冷たいものを持っているのかと聞かれれば、親指はそうだと答え、薬指は少し迷うだろう。

一口飲むために手首を傾ける。氷がぶつかって小さく鳴り、さっきまで冷たかった指の下を通り過ぎた。今度は薬指の側が急に冷え、人差し指の場所は遅れてぬるくなる。液面より先に、手の中の地図が入れ替わった。

グラスを卓上へ戻しても、指はすぐには離さなかった。氷が止まるまでの数秒、冷たさの境目を追って一本ずつ位置をずらす。最後に小指が触れた場所だけ、まだ乾いていた。

最後の一段は見ない

足裏だけが段差の終わりを先に知る

次の段を踏むつもりで上げた足が、思ったより遠くへ降りた。靴底は段差ではなく平らな床へ触れ、膝だけが余分に曲がる。階段は一段前に終わっていた。

途中から顔を上げ、アーチの上にある時計を見ていた。針を読もうとすると顎が上がり、足もとは視界の外へ退く。上るあいだは同じ高さが繰り返されるので、見なくても身体が次の段を用意してくれた。けれど終わりだけは、その繰り返しの中に合図を持っていない。

着地の音が少し大きく響いた。つまずいたわけでも、立ち止まるほどでもない。ただ、あるはずの高さがなくなった瞬間、身体は一段ぶんだけ先へ急いだ。後ろの足が追いつくまで、上半身だけが時計の方へ残っている。

振り返れば、どこが最後だったのかはすぐ分かる。上から見た段差は明瞭で、見落としたことの方が不思議に思えた。だが、もう一度同じ向きに直ると、床と最上段の境は背後へ消える。終わった場所は、通り過ぎた途端に確かになる。

時計の針は読めたが、時刻を確かめるために足を止めることはしなかった。曲がった膝を伸ばし、そのままアーチの下へ入る。平らな床になってからも二歩ほど、足はまだ次の段を探す高さで上がっていた。

船橋は赤い輪へ

一歩ずれるたび同じ船に別の窓が開く

赤い輪の中へ船橋が入るところまで、横へ二歩動いた。船は停まったままなのに、白い窓の列が輪の縁を滑り、さっきまで見えていた船首は外へ押し出された。

輪の向こうに船があるのではなく、立つ場所からは船が五つに切り分けられて見える。青には空と船尾、黒には上層の窓、赤には船橋。少し腰を落とせば、緑の内側へ船名の一部が上がってきた。どれも同じ一隻の断片である。

枠は中身を変えない。それでも、どこを内側へ入れるかによって、先に気づく場所を選んでしまう。輪の外にも船体は続いているのに、目は円の中でいったん像を閉じようとする。見切れた先を知っていても、丸い縁はそこを一枚の眺めにしてしまう。

反対へ一歩戻る。船橋は赤から外れ、代わりに白い煙突らしい部分が縁へ近づいた。輪を一つずつ覗く必要はないのだが、足を止めるたび、次の色へ船のどこを渡すかを考えた。

最後に輪から少し離れると、五つの円と客船は再び別々のものになった。船名は輪の外で初めて続けて読める。風で目を細めると、赤い縁だけがもう一度、船橋の端へ重なった。

船より先に着く

足もとの揺れにはまだ船影が追いつかない

足もとの水が持ち上がり、靴を置いた岸の縁へ一度だけ強く当たった。顔を上げる。何隻もの船はまだ沖にいて、どれがこの揺れを送ったのか分からない。

船首の前には白い水が生まれ、その後ろへ細い筋が伸びている。近い船の筋は太く、遠い船のものは途中でほかの波へ紛れる。目で追えるのは船と一緒に動く白さまでで、その先は海面の細かな起伏にほどけていた。

もう一度、水が岸へ届く。正面の大きな船が作った波だと思い、船首からこちらまで見えない線を引いてみる。ところが揺れは少し斜めから来て、足もとを横へ抜けた。船が向いている方向と、波が届く方向は同じとは限らないらしい。

船は輪郭を保ったまま近づくが、波は先へ広がるほど誰のものかを失う。一隻が作ったはずの動きも、途中で別の筋と重なり、岸へ着くころには海全体の揺れに見える。原因を見つけようと沖を見ているあいだにも、結果だけが足元へ次々に届いた。

私は船の数を数えるのをやめ、岸へ当たる音を待った。小さな揺れのあと、少し遅れて大きな音が来る。正面の船はまだこちらへ進んでいる。船影より先に着いた水だけが、縁の色を一段濃くした。

影が二つになる昼

反対向きの影が椅子の脚もとで重なる

卓上の灯りを消すと、窓の外は少しも暗くならなかった。当然のことなのに、部屋まで同じ明るさを保つと思っていた。ところが、すぐ横の柱から薄い橙色が消え、石の継ぎ目が急に遠くなった。

窓から入る光は強い。椅子の輪郭も、卓上の端も見えている。それでも、外から来る明るさは窓に近い面を選び、柱の内側や深いカーテンの襞までは均等に届かない。部屋全体が明るいという一言では、どこが見えているかまでは言えないらしい。

灯りを消したまま椅子の脚を見ると、影は窓と反対の方へ長く伸びていた。スイッチを入れれば、卓上灯の側にも短い影ができる。一つの脚から反対向きに二本が延び、重なった部分だけが濃く残った。

椅子へ座ると、窓はさらに明るく、柱はその手前で黒い面になった。外の木々は葉の重なりまで見えるのに、腕を置いた布の色は曖昧である。身体を少し前へ移すと、二本の影も床の模様の上で長さを変えた。

もう一度スイッチを入れた。橙色は柱の下から戻り、石の細かな凹凸を斜めに浮かせる。窓の景色は変わらない。卓上へ手を戻すと、指の影だけが外とは反対側へ短く伸びた。

親指までの果汁

傾けた皮から甘さの順番が変わる

皿から持ち上げると、親指の腹へ皮の網目が当たった。上に重なったクリームを崩さないよう、はじめは水平に保つ。口を近づける方が早く、背中まで少し丸くなった。

端からかじると、先に柔らかなクリームが触れ、そのあとで果肉が歯に返ってくる。皮はまだ遠い。二口目には薄い生地が横へずれ、白い層だけが唇の端へ残った。手にしたときは一つの菓子でも、口へ入る順番は断面どおりにならない。

半分を過ぎるころ、持ち手だった皮が長すぎるように感じられた。水平のままでは中央へ歯が届かず、手首を返して弧を立てる。すると果肉の重みが下へ移り、クリームがこちらへゆっくり寄ってきた。慌てて皿へ戻すと、縁に果汁が一滴落ちる。

今度は皿の上で向きを変え、皮の両端を指で支えた。ひとかじりすると左端が軽くなり、そこに添えた人差し指が空く。最初の形に合わせていた指は、もう何も支えていなかった。

最後は皮をほとんど垂直にした。残った果肉を前歯で外すと、冷たい汁が親指まで伝う。空になった皮を皿へ伏せても弧だけは戻らず、指には網目の跡がしばらく残っていた。

花のいない距離

揺れが戻っても焦点は空所に残っている

画面の中央で四角い印が緑に変わった瞬間、風が花を奥へ押した。指はもうシャッターを押している。写った一枚では、花弁も葉も柔らかくほどけ、その手前の何もない場所だけに焦点が残っていた。

同じ房へもう一度合わせる。風がやむと枝は戻るが、まったく同じ位置では止まらない。右へ動いた花を追って画面をずらすうち、今度は左から別の蕾が入ってくる。焦点の印は、そのたびに少し遅れて明滅した。

動いた花を撮れなかったというより、花がいた距離を撮ったのだと思う。そこに何もなくなってからも、レンズは直前に測った場所をしばらく信じている。目の前のものが変わる速さと、道具が確かめ終える速さは、わずかに揃わない。

少し待てば風は止む。ところが、止まった花を狙うと、こちらの指まで待ち始めた。動かないことを確かめてから押そうとするほど、次の揺れが近づく。枝先が静かな時間は、眺めるには長く、撮ると決めた途端に短くなった。

三度目は印が緑になるのを待たず、花が手前へ戻る途中で押した。画面を確かめると、房の端にある細い雄しべだけが白い光から抜け出している。枝はまだ揺れていたが、焦点の方が先回りして、その一瞬を待っていた。

噛んだ音は紙の内側

頬のそばの乾いた音が一口を包み直す

持ち上げた途端、包み紙の角が頬の脇で鳴った。パンを噛んだ感触はあったのに、その音は聞こえない。耳のすぐ下で紙がくしゃりと潰れ、一口ぶんの小さな音を覆っていた。

包みを少し下げ、もう一度かじる。今度はパンの柔らかな切れ目と、葉らしい具が歯のあいだで裂ける短い音がした。ところが持ち直そうと指を動かすと、折り重なった紙が続けて鳴り、口の中の音はまた遠くなる。

噛む音は、外から聞くより頭の内側に近い。それでも頬へ紙が触れると、乾いた振動が皮膚から先に届く。何を噛んだかを確かめるはずの音へ、手で握った包装の音が割り込んでくる。口と耳のあいだに、紙一枚ぶんの近道ができたようだった。

頬に当たらないよう紙の角を外側へ折ると、今度は指の下で低く擦れた。音は小さくなったが、消えたわけではない。食べ物を口へ近づけるたび、包みも耳へ近づく。静かに食べようとして手を止めると、具の重みが紙の底へゆっくり沈んだ。

半分ほどで、包み紙を底へ巻き込んだ。頬のそばから乾いた音が消え、噛むたびにパンの潰れる鈍い音が戻る。最後に紙だけを丸めると、最初の一口を隠した音が掌の中でもう一度、大きく鳴った。

箸先の浅い窪み

戻る丸みの内側には次の力の行方が残る

箸先を卵黄へ置くと、丸い表面に小さな窪みができた。まだ割れない。力を抜けば、窪みはゆっくり押し返され、橙色の光も元の位置へ戻った。

混ぜるつもりで箸を入れたのに、どこまで耐えるのかを確かめ始めてしまう。最初は一本の先だけ、次は二本をわずかに開いて押す。表面は形を変え、箸の間へ少し盛り上がる。そのたびに手首を止めた。

割るなら、一度強く押せば済む。けれど、まだ戻ると分かると、その余地を使い切る直前まで見たくなる。硬さを知りたいのではない。次のわずかな力が、へこみを深くするだけなのか、膜を破るのか。その境目は、割れた後からしか確かめられない。

次は箸を寝かせ、細い腹の部分で横から押した。一点の窪みではなく、丸みの片側全体がわずかに平らになる。箸を離すと端から順に膨らみ、最後に中央の光だけが小さく揺れた。

もう一度、中央から少し外れたところを押した。箸先が薄い表面を抜け、橙色が細い筋になって隣の具へ流れる。割れた音はしない。指にだけ抵抗が消えた瞬間があり、箸は予想より深く、下の飯らしいものへ触れていた。

一脚ぶんの通路

持ち上げた空所だけ遠い椅子まで曲がらない

手前のグラスを一脚持ち上げると、その場所だけ遠い椅子の背がまっすぐ見えた。右にも左にも透明な器が並んでいる。空いた丸い跡の向こうでは、縁に曲げられない細い室内が窓まで続いた。

グラスを置いたままでも、向こう側は見える。ただし椅子の線は胴の曲面で外へ膨らみ、人影は縁をまたぐところで途切れていた。何かを隠していたわけではないのに、一脚がなくなると、遠くの物どうしの位置が急に揃う。

空所は、それ自体を見せない。見えるのは、そこを通ってきた遠い椅子やカーテンの襞だけである。それでも周囲の曲がった像と並ぶと、何もない場所の方が一つの透明な窓のように感じられた。器の透明さではなく、器がない透明さがある。

飲まずに持っているわけにもいかず、グラスを卓上へ戻す。ただし元の輪から少し右へ置いた。開いていた通路は閉じ、代わりに隣の器とのあいだへ新しい隙間ができる。そこからは先ほどの椅子ではなく、白い卓布の端だけが見えた。

別の一脚へ手を伸ばす。まだ持ち上げる前から、その下に何が現れるかを探してしまう。指が細い脚をつかみ、底が卓上を離れると、遠くの人影の肩が空いた場所へ静かに入ってきた。

糸が切れる高さ

皿へ戻る細い糸だけが一口の距離を測る

フォークを二度回して持ち上げると、麺の下から細い糸が何本も伸びた。一端は豆に付き、もう一端は皿の上に残っている。手を止めても糸だけはすぐ止まらず、わずかに細くなりながら上へ付いてきた。

もう少し高くすれば切れると思い、手首を上げる。一本は途中で消え、別の一本は光を受ける角度を変えながら残った。切れた瞬間は見えない。さっきまで続いていた線が、まばたきの後にはフォーク側と皿側の短い端へ分かれている。

口へ運ぼうとすると、最後の一本がまだ残っていた。フォークを横へ小さく振る。糸は切れず、皿の上の豆を一粒だけこちらへ引き寄せた。今度は手を下げ、豆を麺の近くへ戻してから、フォークをゆっくり回す。細い線が金属へ巻き取られ、ようやく皿との間が空いた。

一口食べた後、フォークを下ろす。歯のあいだには何も残っていないのに、持ち手を握る指はまだ糸を引く速さで動いていた。次に豆へ触れたとき、一本の透明な線が前より低いところで切れ、先端だけが皿へ縮んでいく。

白い升目まで

指は冷たさを知った後にも一度止まる

卓上の小さな金属器へ手を伸ばし、縁へ触れる寸前で指を止めた。奥の鉄板にも同じ形の器が二つ載っている。そちらの熱が、離れた一つへも移っている気がした。

人差し指ではなく、曲げた指の背を外側へ軽く当てる。冷たい。もう一度触れると、今度は掌で包めるほどの温度だった。縁をつまんで料理の近くへ少し寄せ、まだ赤い升目の中央へ戻す。

熱いかもしれないと思ったのは、金属の色のためではない。鉄板の上にある二つと形が同じだったからだ。三つを一組として見たとき、熱まで共通しているように感じた。指が確かめた冷たさは一つの器にだけ属し、残り二つについては何も教えてくれない。

料理の皿を少し寄せると、卓上の器は鉄板の縁のすぐそばになる。さっき触れたものだと分かっていた。それでも持ち上げようとした手は、また縁の手前で遅くなる。器の温度は変わっていないはずなのに、周囲との距離だけで、先ほどの冷たさが頼りなくなった。

器を赤い升目から隣の白い升目へ移す。鉄板との間に細い白が一本入ると、指は迷わず縁をつまむ。持ち上げた底には、丸い水滴が一つだけ残っていた。

半分だけ高い水音

落ち先を外れた水だけが硬い面を鳴らす

石鹸を持ち上げた瞬間、水音が一段高くなった。流れの太さは変わらない。さっきまで丸い面に受け止められていた水が、今度は白い洗面器を直接たたいている。

濡れた石鹸を両手で挟み、また水の真下へ差し入れた。高い音は消え、掌の間から低い音が返ってくる。水は石鹸の中央で薄く広がり、四方から指の付け根へ逃げていく。握る力を少し緩めると、滑る面が手前へ傾いた。

半分だけ流れから外してみる。水の一部は石鹸に当たり、残りはその脇を通って洗面器へ落ちた。低く濁った音と、細く硬い音が同時に鳴る。境目を目で合わせるより、指を横へ動かし、二つの音が同じ大きさになる場所を探した。

手前へわずかに動かすと、高い音が先に大きくなる。元へ戻しすぎれば、洗面器を打つ音は消え、指の間の低い震えだけが残った。二つを鳴らしておくには、滑ろうとする石鹸を同じ場所で支え続けなければならない。

指を開くと、石鹸は洗面器の底へゆっくり滑っていく。水は丸い面の端に当たり、石鹸をわずかに回す。低い音が一周するたび、脇へこぼれた細い流れが短く高く鳴った。

親指の右から戻る光

隠した場所は目を替えるたび反対側へ開く

左目を閉じ、腕を伸ばした親指で雲の明るい切れ目を隠した。爪の縁から光が漏れないところまで、手首を少しずつ右へ動かす。暗い雲だけが指の両側へ続いた。

手を止めたまま、今度は左目を開いて右目を閉じる。隠したはずの光が、親指の右側へ丸ごと戻っていた。雲も親指も動いていないのに、見る目を替えただけで、指一本ぶんの空が横へずれる。

右目の位置から光を隠し直す。手首を左へ戻し、明るさが爪の裏へ収まるところで止める。そこでまた左目に替えると、光は今度、親指の左から現れた。片方の目に合う場所は、もう片方には空いている。

二つの目で同時に見ると、親指の輪郭が薄く二重になった。遠い雲へ焦点を置いているあいだ、近い指は一本の壁にならない。二つの輪郭のあいだに明るい空が細く残り、どちらの目を閉じても、その線は片側へ逃げる。

指を近づけ、掌まで広げれば、両目から光を隠せた。ただし雲の切れ目だけでなく、その上へ伸びる淡い筋も見えなくなる。腕を下ろすと、二重だった親指が一つに戻り、光は最初より広い場所から目へ入ってきた。

三歩ぶん回る水の道

横へ歩いても光は足元へ向きを組み直す

岸に沿って右へ三歩動くと、水面の明るい筋もこちらへ向きを替えた。雲の下にある遠い端はほとんど動かず、手前の端だけが新しい足元へ寄ってくる。まっすぐだった光は、斜めの道になった。

元の場所へ明るさを置いてくるつもりで、さらに歩く。けれど振り返っても、先ほどの位置からこちらまで光の跡が続いているわけではない。新しい立ち位置と空の明るい箇所を結ぶように、水面の細かな面が別の順番で光っていた。

一本の筋に見えても、同じ水が細長く輝き続けているのではないらしい。波の傾きがこちらへ光を返す短い瞬間だけ、離れた点どうしが縦に並ぶ。私が横へ動けば、別の点が選ばれ、先ほどまで明るかったところは暗い水へ戻る。

足を止めると、筋も一つの場所へ落ち着いたように見えた。ところが小さな波が通るたび、途中が切れ、すぐ隣でつながり直す。遠くから手前まで連続した道ではなく、途切れる場所を絶えず替えながら、一本に見える時間だけを作っている。

元の場所へ三歩戻った。光の筋はまた正面に近づいたが、最初に光っていた波はもう見分けられない。靴先の延長に橙色の点が一つ現れ、次の波で左へ消えた。

傘の下だけ逆向き

足は曲線へ進み手首だけが風へ押し戻される

道に合わせて左へ曲がった瞬間、傘が右へ引かれた。足は曲線の内側へ進んでいるのに、柄を握る手だけが肩の外へ持っていかれる。親指と人差し指の間へ、細い柄が斜めに食い込んだ。

傘を風上へ傾けると、今度は縁が視界の前へ下がる。道の先を見ようとして顎を引けば、傘も一緒に前へ倒れ、受ける風がさらに強くなった。足を止めず、手首だけを少し内側へ返す。

次の風で、柄の端が掌の中を半周する。傘の面は頭の上で右へ流れ、左足まで外側へずれかけた。柄の端を持つのをやめ、手を上へ滑らせて、留め具に近いところを握る。

傘の先が顔へ近づき、見える空は狭くなった。その代わり、手首へ掛かるねじれは小さくなる。風が来るたび腕全体を振らずに済み、指の間で柄を数度だけ回せた。足はようやく道の線に沿って左へ向く。

木の脇まで来ると、傘の縁が静かになった。柄を元の位置で持ち直す。道はまだ曲がっているのに、指の間には右へ引かれた角度だけが薄く残っていた。

岸壁のあとの目盛り

残りの距離が黒い厚みへ移っていく

船が岸へ寄る速さは、止まって見えるほど遅くなっていた。船腹に並ぶ黒い輪の一つが岸壁へ触れる。丸かった外側が少し平らになっても、船はまだこちらへ近づいてきた。

岸との隙間はもう見えない。代わりに、黒い輪の厚みが縮んでいく。船体の白い面を岸壁の錆びた筋と見比べると、触れた後にもほんの少し近づいたように見える。

さっきまでは、水の見える幅が残りの距離だった。幅がなくなると、今度は輪の丸みが目盛りになる。岸へ着いた後にも船が近づいた分は、二つの物の間ではなく、黒い厚みの内側へ移っていた。

輪がどれほど潰れたのか知るには、触れる前の丸さを覚えていなければならない。私は隣の、まだ岸壁から少し離れた輪と見比べた。片方は円に見え、もう片方は接したところだけ直線になっている。隙間を測っていた目は、いつの間にか同じ輪郭の差を測っていた。

しばらくして船体がわずかに沖側へ戻る。平らだった縁に丸みが戻り、岸壁との間へ細い光が一本入った。その隙間はすぐ水の揺れに閉じられてしまう。今度は船が動いたことがはっきり分かった。

一枚ぶん遠い茎

指先の力が房の奥まで遅れて伝わる

花びらのような薄片を一枚だけ、親指と人差し指で挟んだ。乾いた縁は爪より薄く、力を入れる前から内側へ折れる。ところが指を手前へ動かすと、つまんだ一枚ではなく、房全体が茎の先で傾いた。

指を止めても、奥の薄片が遅れて揺れる。互いの縁が触れ、紙を小さく丸めるような音が二度続いた。どこまでが一枚なのか、重なった淡い面の間へ目を近づけても分からない。

空いた手で、房の根元に近い細い枝を支えた。揺れは収まり、つまんだ薄片の硬さが今度は指へ直接返ってくる。少し曲げると縁が白く折れ、指の腹へ細かな粉が付いた。枝から手を離せば、房はまた一度大きく揺れる。

爪先へもう少し力を足す。一枚の中央に走る筋は残り、その脇だけが細く裂けた。切れ端は落ちず、隣の薄片へ引っ掛かる。離そうとして指を横へずらすほど、房の別の場所まで細かく震えた。

指を開くと、房はゆっくり元の向きへ戻る。裂けた端だけが爪の溝に残っていた。息を吹きかけると薄片は指から離れ、落ちる途中で房の縁へ一度当たり、さっきより軽く鳴る。

一本目では裏返る

刺すたび曲面がソースへ向きを変える

ソースに浮いた薄切りへフォークの先を置くと、中央だけが沈み、手前の縁が持ち上がった。一本目の歯が滑ったところで、曲がった一片は半回転する。濃い色をまとっていた面が下を向き、淡い裏側が現れた。

今度は二本の歯を開き、挟む角度へ持ち替える。片方が入る前に、もう片方が丸い縁を外へ押し出す。薄切りは皿の上を短く滑り、ソースの表面に細い弧を残して、肉らしい塊の脇で止まった。

そこなら逃げないと思い、塊へ押し当てたまま刺す。けれど縁が壁に沿って立ち上がり、フォークと塊の間で二つに折れた。穴は開かない。力を抜くと、折れ目だけを残してまた浅い曲面へ戻る。

歯を真上から落とすのをやめ、フォークを寝かせた。先端を一片の下へ滑り込ませ、匙のように持ち上げる。刺して固定しようとしたときより、手首へ伝わる重さは小さい。それでも傾ければすぐ落ちそうで、皿から口までの間だけ、呼吸を止めた。

唇へ触れる寸前、一片がフォークの横から滑る。落ちた先は皿ではなく、すぐ下のソースだった。今度は裏返らず、淡い面を上にしたまま小さく揺れ、最初に歯を置いた場所より少し遠くで止まる。

コルクの下の正面

二つの点が上下とは別の向きを置く

細い容器を指先で四分の一ほど回すと、黒い二点の片方が見えなくなった。少し遅れて、もう一方も淡い曲面の向こうへ隠れる。形は変わっていないのに、こちらを向いていたものが急に背中を見せたようになった。

二点を目だと決めたのは、同じ高さに並んでいたからだろうか。容器の向きを戻せば、初めに消えた点が最後に現れ、また正面ができる。淡い形には前後を示す角もなく、二つの黒だけが見る側の立つ場所を決めていた。

栓は上にあり、小石らしいものを敷いた底は下にある。容器をどれほど回しても、この上下は動かない。ところが二点が隠れると、前だけがなくなる。上を向いたまま、どちらを向くか分からない形のままだ。

反対方向へも回した。今度は逆の点から先に隠れる。正面と背中の間には、片方だけが見える短い向きもあった。その位置で止めると、二点が正面を示していたのか、それともこちらが二点のある側を正面と呼んだのか、順序が分からなくなる。

正面へ戻し切らず、黒い点が一つだけ見える角度で机へ置いた。もう一つは淡い曲面の脇へ隠れている。しばらくして容器の位置を直すとき、理由もなく二点をこちらへ揃えてから手を離した。