窓一枚ぶんの停車

車体が小さく震えたので、発車したのかと思った。窓枠へ手を添えたが、足もとの床は動いていない。動き始めたのは、すぐ向こうに停まっていた赤い列車の方だった。
向かいの窓が一枚ずつ横切る。空席、吊り革、ガラスに重なった緑。どれも確かめる前に次の窓へ替わり、窓と窓の間だけ、暗い壁が視界を閉じた。こちらの座席にいるまま、いくつもの小さな車内が目の前を通過していく。
ふだん列車の窓は、遠い景色を切り取るものだ。ここではもう一台の列車が近すぎて、窓の外に別の窓が置かれている。向こうのガラスを抜けて山の緑が見える瞬間もあれば、反射したこちら側の明るさだけが戻ってくる瞬間もあった。内側と外側が、一両ぶん進むあいだ何度も入れ替わる。
最後尾が近づくにつれて、窓の間隔は変わらないのに通過が速く感じられた。見送ろうとして顔を動かし、途中でやめる。列車の端を追うより先に、塞がれていた線路脇の花と信号が、後ろから少しずつ現れ始めた。
赤い車体がすべて抜けると、窓は急に遠くまで開いた。こちらはまだ停まっている。静けさが戻ってからも、手のひらには発車前の小さな震えが残っていた。