或る世界

駐輪場の赤い一台

壁際の駐輪場に横たわる赤い自転車

壁に自転車置場と書かれた前で、赤い自転車が横たわっていた。周囲にはほかの車輪が見えず、一台だけが床に近い高さで止まっている。立てかけるための場所に、眠るような姿勢が置かれていた。

物には、あるべき形がある。自転車なら立っていること、椅子なら座れること、机なら物を載せられること。けれど少し倒れたものを見ると、その形を保つために必要な支えが、普段は見えていなかったと気づく。

仕事でも、いつも通りに進んでいるときほど、誰かの小さな手助けや先回りに気づきにくい。連絡をまとめる人、机を整える人、抜けを確かめる人がいるから、全体がまっすぐに見える。崩れた後ではなく、保たれているうちに支えへ目を向けたい。

赤い車体は、白い壁の前でよく目立っていた。誰かが戻れば、きっとすぐ立て直せる。

その一台を避けて歩きながら、足元の余白を見た。急がなければ、立て直すための手順もきちんと考えられる。そう思った。そのための時間はある。