或る世界

近い目

近くにある目ほど、遠いことを残している

猫がすぐ前まで来ると、顔の縞や短い毛の向きが見えた。瞳の中へ自分の影が小さく入っても、手を伸ばさずにその場に立った。

近くにいれば、相手のことが分かるような気がする。目の色や耳の欠け、ひげの長さまで見えるからだ。しかし、それらは今ここにある形であって、どこから来たかや、次にどこへ行くかを教えない。

分からないことを遠くにあるものとして扱うのは簡単である。けれど、猫は靴の先ほどの距離にいても、知らないまま残る。近さは見える部分を増やしても、相手の時間までこちらへ運んではくれない。

猫は一度だけ瞬きをして、海の方へ顔を向けた。前足は縁に置かれたまま、ひげの先だけが風に細く動いた。