船だけを傾ける

船が波の斜面へ乗るたび、手すりと前席の肩が一緒に傾いた。身体を船内だけで見れば、自分はまっすぐ座ったままで、海の方が持ち上がったように見える。
少し顔を上げると、遠くの水平線が見えた。その一本を基準にした途端、海は元の場所へ戻り、今度は座席も手すりも自分の身体も、まとめて斜めになった。
陸では、足元の床が水平を教えてくれる。だが船では、身体を支えるもの自体が傾く。いまどちらへ傾いているかを知るには、座っている場所の外を見なければならない。
揺れをなくすことはできない。それでも、動かない線を一つ選べば、世界全体が傾くのではなく、船だけが傾いていると思い直せる。
次の波で舳先が上がった。前席の背中も空へ持ち上がったが、水平線だけは肩の向こうを静かに横切り続けた。