或る世界

クラクションは上へ逃げる

壁を渡った音だけが、鳴った車より高くなる

短いクラクションが鳴り、反射的に車道の左右を見た。音を出した車はもう通り過ぎたらしい。代わりに、少し遅れた同じ音が頭上から返ってきた。

見上げると、塔の壁が空を細く囲んでいる。どの窓からも車は見えないのに、クラクションだけがガラスや壁を渡り、鳴った場所から切り離されていた。

目なら、曲がり角の向こうは見えない。音は角や高さを回り込み、遅れて別の方角から届く。そのため、聞こえた向きへ顔を向けるほど、最初の場所から遠ざかることがある。

もう一台が短く鳴らした。今度は先に車を見つけ、そのあとで壁を一つ、二つと音が上っていくのを待った。最後の小さな響きが消えるまで、青い空には何も現れなかった。