或る世界

天井から家族

壁のない広間に、言葉が別の内側を吊り下げる

広い飲食店で席を探していると、壁も扉もない場所に「家族」という区画があった。床の色は隣と同じで、椅子も通路も途中で途切れない。ただ、頭上の言葉を越えたところから、同じ広間が別の内側になる。

部屋なら、境は身体でわかる。壁に沿って進み、入口を通れば、入ったことが足裏にも残る。しかし表示だけの境界では、どこからが内側なのかを建物の形から確かめにくい。文字を見上げ、その意味を受け取った人の中で線が引かれる。

不思議なのは、言葉が人を完全には止めないことである。通路はそのまま続き、照明も空気も隣と共有している。それでも席を選ぶときには、見えない線が歩く方向へ働き始める。

区画を作るには、必ずしも囲う必要はないらしい。閉じずに分けるとき、境界は建物から人の判断へ移る。読めなければ同じ広間に見え、読めば行き先が二つになる。

席へ向かう人々の頭上で、赤い標識だけが揺れずに残っていた。床には何も描かれていないのに、その下を通る足は、すでに一つの内側を選んでいた。