或る世界

航路は船のあとにできる

通った水面だけが、しばらく道の形を保つ

水の上を進む船の後ろに、二本の白い筋が延びていた。岸から見える道標も、曲がり角を囲う縁石もない。それでも船が通ったところだけは、いままで水路だったことがわかる。

陸の道は、歩く前からそこにある。誰も通らない時間にも幅を保ち、次に来る人へ進める場所を渡している。水の道は反対に、船が進んだあとから姿を現す。船首が水を分け、船尾が過ぎて初めて、進んできた向きが一本の跡になる。

その跡を見れば、後ろの船は同じ方向を選べる。しかし、白い筋は標識のように残り続けない。波にほどかれ、水草のあいだへ混じり、やがて通らなかった水面と区別がつかなくなる。

道が消えることは、進めなかったこととは違うらしい。船はすでに向こうへ着き、通過した水だけが元の形へ戻っていく。振り返ったとき、航路はまだ細く光っていた。次の船を待つ道ではなく、進み終えた船の動きを、しばらく水が覚えているように見えた。