或る世界

谷は遠くを指す

見える幅を狭めた谷が、距離の深さを残していく

山道で遠くを見ようとすると、高い場所を探したくなる。ところが稜線が重なる場所では、遠い景色が見えるのは山頂の上だけではなかった。左右の斜面が下がって出会う谷の切れ目にも、奥の山が小さく収まっていた。

峰は空へ突き出すため、遠くからでも見つけやすい。谷は反対に、二つの高みのあいだへ沈んでいる。それ自体は低い場所なのに、手前の山が途切れるため、その向こうへ視線を通してくれる。

遮るものが低くなれば、見える範囲が増えるのは当然である。しかし谷の形には、単なる欠け方以上の働きがあるように思えた。両側の斜面が奥へ向かう線になり、その先にある遠い稜線へ目を運ぶ。山のない空より、山に挟まれた狭い切れ目の方が、距離の深さをはっきり感じさせる。

開けた場所は、広いほど遠くまで見えると思っていた。けれど、視線の通り道を細く限ることで、どこを見るかが決まることもある。谷は景色を多く見せない。その代わり、重なった山の一番奥まで、一本の向きを作っていた。

空の色が薄くなるにつれ、手前の斜面は一つの暗い輪郭になった。その切れ目だけには、さらに二枚、三枚と小さな稜線が残った。低いところへ向いた谷が、いちばん遠い山を見せていた。