或る世界

三つ目は待つため

速さを増やさない車輪が、止まる時間を支えている

自転車で速度を落とすと、走っているあいだは小さかった左右の揺れが、かえって大きくなる。完全に止まるには、最後に片足を地面へ着き、乗り物ではなく身体で倒れないように支えなければならない。

そこへ三つ目の車輪を加えると、止まることの意味が変わる。地面に三つの点があれば、誰かが足を着かなくても車体は立っていられる。停止は走行の終わりではなく、人や荷物を受け入れるための姿勢になる。

車輪を増やせば、速くなるとは限らない。幅は広がり、狭い隙間を抜けにくくなり、曲がるときにも内側と外側で違う距離を進む。それでも、動かない時間を安定させるために必要な一本がある。

動く道具をよくするなら、動いているときの性能を考えたくなる。軽さ、速さ、曲がりやすさ。しかし、乗る人を待ち、席へ身体を移し、荷物を載せる時間には、進まないことの性能が要る。

夜道の三輪車は、空いた席を横に置いたまま、三本の車輪で路面に立っていた。三つ目の車輪が支えているのは走る速さではなく、次に走り始めるまでの停止だった。