或る世界

視線の行き先は写らない

顔を残しても、その人の見ていた先までは持てない

人の顔を撮ると、その人を一枚の中へ残せたような気になる。髪も、頬も、目の形も写っている。けれど、目がレンズの少し横を向いていると、写真の中にはないものまで、その人の側に残っていることがわかる。

視線は顔から始まるが、顔の中では終わらない。何を見ていたのかを知るには、その先まで画面へ入れなければならない。しかし、顔を大きく写そうとするほど、視線の行き先は枠の外へ押し出される。

肖像には、写された人について多くのことが見えるようで、実際には見えないものも多い。どこに注意を向けていたのか、こちらのほかに誰がいたのか、その場をどう受け取っていたのか。目の向きは外側の存在を示すが、その内容までは教えない。

写真を見る側は、画面の中央にある顔を中心にして一枚を理解しようとする。しかし、写された人の世界の中心まで、同じ場所にあったとは限らない。こちらが顔を見ている瞬間、その人は枠の外にある何かを見ていることができる。

画面の端をたどっても、視線の先は見つからなかった。写真は顔をこちらへ残したが、見ていたものまで奪わなかった。その小さな不在が、一枚の外にもその人の時間が続いていたことを知らせていた。