或る世界

目印は流れていく

場所を教えず、そこにいることだけを照らす

暗くなり始めた水辺では、岸の灯りが場所を教えてくれる。あの明かりの下に桟橋があり、隣の灯りの近くに道がある。一度覚えれば、翌日も同じ方角を探せばよい。

ところが、水上の舟に灯りがつくと、それを同じような目印にはできない。舟が流れれば、明かりも一緒に場所を変える。さっき光っていた水面を見ても、そこにはもう暗い波しかないかもしれない。

灯りは、ものを見えるようにするだけでなく、「ここ」という位置を示すものだと思っていた。しかし、その位置が灯りとともに動くなら、光が教えるのは場所ではない。何かが、いまそこにいるということだけである。

岸の明かりは、離れても戻るための印になる。舟の明かりは、離れるものを見失わないための印になる。同じ小さな光でも、一方は場所に残り、もう一方は持ち主についていく。

水上の灯りが少し横へ移ると、さっきまでの暗がりに新しい「ここ」ができた。元の場所には暗い波だけが戻った。灯りは道を残さず、持ち主と一緒に現在地だけを運んでいた。