或る世界

滝にいて、落ちていない

水が落ちる場所にも、落ちていない時間がある

滝壺へ入ると、少し離れたところでは水が絶えず落ちているのに、足もとには立っていられる場所があった。滝の中にいるはずなのに、自分は落ちていない。

滝は、高いところから低いところまで、一つの動詞で落ち続けるものだと思っていた。しかし段になった滝では、水は縁を越えて落ち、滝壺を満たし、次の縁からあふれる。落下と落下のあいだでは、同じ水が横へ広がっている。

滝壺は流れの終点ではない。入ってきた水は、別の端から出ていかなければならない。それでも水面には、落ちるでも上るでもない時間があり、その中に身体を置いて、しばらく同じ岩へ足をつけていられる。

一つの場所の名は、そこで最も目立つ動きから付くことがある。けれど、その名の内側すべてが同じ動きをしているとは限らない。滝の白い筋のあいだには、水が水面へ戻る青緑色の段が挟まっていた。

次の段へ向かう水が足首を押していた。私は流れの外へ出たのではなく、落ちるという動詞の外側に立っていた。