入口より先に着く名前

海岸を歩いていると、高い壁に記されたホテルの名が遠くから読めた。入口はまだ見えず、玄関までの道もわからない。それでも名前だけは、建物より先にこちらへ届いていた。
店や宿の名前は、入口の近くにあるものだと思っていた。扉の前で見上げ、探していた場所に着いたことを確かめる。そこに掲げられた名は、移動の終わりを知らせる印になる。
しかし、高い場所で光る名前は、到着より前に働き始める。まだ砂浜にいても、文字の位置を見ながら進む向きを決められる。近くで場所を確認する名が、遠くへ置かれると、そこまでの道を引く目印へ変わる。
同じ言葉でも、届く時機が違えば役目が変わるらしい。着いた人へ向ければ確認になり、まだ歩いている人へ向ければ誘いになる。名前そのものは動かないのに、読む人との距離が、その言葉を出迎える側へ移している。
歩くうちに文字は大きくなり、やがて壁の一部になった。入口へ着く頃には、もう道を教える必要はない。先に届いていた名前は、そこでようやく建物に追いつかれ、扉の上の名へ戻った。