或る世界

誰も引かなかった線

知らない者同士の動きが、短い境目を作っている

市場の路地を歩くと、どこまでが道で、どこからが店なのか、足もとだけではわからない。野菜を入れた籠が通路へ張り出し、その脇を人とバイクが抜けていく。線も段差もないのに、誰も同じ場所を道と売場の両方には使わない。

境界は、地面に引かれているから守られるものだと思っていた。塀や白線があれば、内と外はそこに置かれたままになる。しかし、この路地では、籠が少し動き、停まるバイクが増えるたび、通れる幅も変わる。

それでも道はなくならない。歩く人が籠を避け、バイクが速度を落とし、売る人が足を少し引く。誰か一人が線を決めたのではない。それぞれが少しずつ外した動きの間に、いま通るための境目ができている。

固定された線は、そこに誰もいなくても境界であり続ける。だが、複数の動きでできる線は、使われるたびにしか現れない。互いの名前を知らなくても、一人の回避が次の人の進路になり、ほんの数秒だけ同じ境目を共有できる。

一台のバイクが通り過ぎると、空いた幅へ人が入り、籠の前で足を止めた。さっきまで道だった場所が店先になった。境界は消えたのではない。次に誰かが通るまで、まだ引かれていないだけだった。