或る世界

手をほどかない門

相手が替わっても、迎える手だけはほどかれない

プノンペンを歩いていると、門の人物がこちらへ手を合わせていた。人がするなら、出会ったときに始まり、互いに応じれば終わる挨拶である。しかし、その手は誰が通ってもほどかれない。

挨拶は、短いからこそ相手に渡せるものだと思っていた。長く頭を下げ続ければ、礼儀はかえって別の意味を帯びる。相手が去ったあとまで残れば、もはや挨拶ではなく姿勢になる。

ところが、建物の一部になった身振りには、始まりも終わりも必要ないらしい。最初に向き合った人が去ると、次の人がその正面へ来る。手を合わせる側は動かないまま、受け取る側だけが次々に替わっていく。

人の挨拶には、その一度だけの相手がいる。声の高さや手の位置は同じでも、誰に向けたかによって意味が変わる。門の人物には特定の相手がいない。その代わり、そこを通るすべての人を、一人ずつ正面に置くことができる。

門を離れても、あの手はまだ合わされたままだろう。終わらない挨拶は、誰にも返事を求めない。ただ、次に来る人のための正面を、空けたまま待っている。