店がやって来る

市場では、客の方が店を訪ねるものだと思っていた。野菜を買うなら野菜の店へ行き、魚を見たければ魚の並ぶ通路へ曲がる。店は同じ場所で待ち、客がそのあいだを動く。
ところがタイの水上市場では、品物を載せた舟も水路を動いている。岸辺で待っていれば、売り手の方から近づいてくることがある。客が店を探しているのか、店が客を探しているのか、普段ならはっきりしている役割が水の上で混ざり始める。
動く店では、通り過ぎることと閉店することも少し似ている。気になった品物があっても、話しかけなければ舟はそのまま遠ざかる。角を曲がった店へ戻るようには、簡単に追いかけられない。
普段と違う土地へ行くと、珍しい品物に目を向けがちになる。しかし、違いは売られている物だけではない。買う側と売る側のどちらが動き、どちらが待つのか。そのありふれた商いの向きまで、道が水になることで変わっている。
小さな舟が岸辺を離れた。店を一軒見送ったようでもあり、向こうから来た店に、こちらが立ち寄らなかったようでもあった。