歩くことの終わり

海へ入ると、歩くことがいつ終わったのか、あとからでははっきり言えない。砂の上では迷わず足を運び、浅い水では少し大げさに膝を上げる。それがいつの間にか、一歩ごとに身体を持ち上げる動きへ変わっている。
地面は続いている。水の深さも、急な壁のように変わるわけではない。それでも、あるところから足は進むための道具ではなくなり、沈まないために働き始める。手もまた、何かを持つためではなく、身体のまわりの水を後ろへ送る。
同じ場所にいながら、歩いている人と泳いでいる人では、次の動作がまるで違う。片方は前を向いて進み、もう片方は顔を上げるために水を押す。境目は線として見えないが、身体だけが先に知っている。
暮らしにも、そういう浅瀬があるのかもしれない。少しずつ条件が変わっているのに、前と同じ歩き方では進めなくなる。大きく変わったと気づくのは、足を出そうとしても、もう水の方が強いときである。
胸のあたりまで水が来ると、次の一歩は自然に消えた。身体が泳ぎ始めたあとで、歩いていた時間は、ずいぶん岸の近くに置いてきたことになる。