会話より一歩だけ

知らない言葉で話しかけられると、わからない部分を全部埋めてから返事をしたくなる。聞き取れた単語を並べ、相手の表情を見て、いま何を尋ねられているのかを頭の中で組み立てる。
しかし、屋台の前では、長く考えているあいだにも次の人が待っている。指を一本立てる。手のひらを横へ振る。親指を上げる。それだけで、言葉より先に注文や返事が一つぶん進むことがある。
手の合図は、会話をすべて訳してはくれない。何を勧められたのかも、なぜ笑ったのかも、最後までわからないことがある。ただ、ここで待つのか、受け取ってよいのか、その次の一歩だけを教えてくれる。
普段なら、理解してから動く順序を大切にしている。ところが、言葉の違う場所では、少し動いてみることで、直前の合図の意味があとからわかる。理解と行動の順番が、ときどき入れ替わるのである。
こちらも親指を立ててみると、相手は次の皿へ手を伸ばした。会話が通じたとは言えない。それでも、二人のあいだにあった時間は、合図ひとつぶんだけ先へ進んだ。