或る世界

浮くのはどちらか

動かないものにも、周囲が動けば別の名がつく

「浮く」という言葉には、そのものが水の上へ持ち上がる動きが含まれているように思える。船なら、岸を離れ、波に合わせて船体が上下する。

しかし、動かない建物にも、浮いているという名がつくことがある。柱で海底へ支えられ、同じ高さに留まっているのに、水位が上がって足元を隠すと、建物の方が海へ浮かび上がったように見える。

変わったのは建物ではなく、その周りである。それでも私たちは、水が上がったとは言わず、建物が浮いたと言う。目立つものを主語にして、見えにくい側の動きを引き受けさせるのだろう。

列車の窓から眺めれば、街の方が後ろへ走っていく。夕方には太陽が沈む。話すたび、動いていないものへ動詞を渡しているが、それで道を間違えることはない。正確でない言い方が、見たままの感覚には正確なのである。

潮が引けば、隠れていた支えが現れる。浮いていたものが沈んだのではない。ただ、建物に動きを貸していた水が、静かに返っていったのである。