或る世界

六〇二の先

たどり着くたび、次の答えが必要になる

住所を一つ知っていれば、そこへ着けると思っていた。しかし、実際に知らない街で建物を探すと、住所は一度に使う答えではないことがわかる。

最初に必要なのは街の名前であり、街へ入れば通りの名前になる。集合住宅が並ぶところでは棟の番号を探し、入口へ着けば階を、廊下へ出れば扉の番号を確かめる。

どの答えも正しいが、最後まで役立つ答えはない。街へ着いたあとで街の名を繰り返しても、目の前の二棟から一つを選ぶことはできない。棟を見つけても、何階で降りるかは別に知らなければならない。

住所は一点に貼られた名前というより、いくつもの問いに順番に答える短い手順なのだろう。一つ答えるたびに進める範囲が狭くなり、役目を終えた答えを置いて、次の答えを取り出す。

六〇二という数字を見つけたとき、着いたと思った。しかし、その足元にはいくつもの入口があった。到着とは、一つの答えにたどり着くことではなく、次に問われることが変わる瞬間なのかもしれない。