或る世界

縁はどこへ行った

見えなくした境目ほど、越えないことを求めてくる

水辺では、縁が見える方が安心できる。岸や壁の位置がわかれば、どこまで進み、どこで向きを変えればよいかを身体が先に知ることができる。

ところが、縁を見えにくくしたプールでは、水面がそのまま遠くへ続いているように見える。目には開かれているのに、泳ぐ身体は、むしろ見えない終点を強く意識する。

境界は、目立つほどよく働くとは限らない。柵や線なら、越えない場所を相手へ教えてくれる。見えない境界では、こちらが注意を払い、進んでよい距離を測り続けなければならない。

消えたのは縁そのものではなく、縁がこちらへ送っていた合図なのだろう。美しく見せるために合図を弱めたぶん、身体の側が境目を探す仕事を引き受ける。

水の中から街を眺め、少し進んでは止まった。遠くまで続いて見える水面の上で、私は見えない壁の位置だけを、足先で確かめようとしていた。