閉じない門

門には、開けたり閉めたりする扉があるものだと思っていた。閉じれば人を止め、鍵を掛ければ、内側へ入れる者を選ぶことができる。
鳥居には扉がない。柱のあいだはいつも開いていて、押すものも、引くものもない。その気になれば歩調を変えずに通り抜けられる。門でありながら、身体を一歩も止められないのである。
それでも、鳥居の前では足を緩め、くぐるときに頭を下げる人がいる。木の柱が通行を妨げたのではない。そこに境目があると気づいた人が、自分の動作を変えている。
境界には、越えさせないためのものと、越えたことに気づかせるものがあるのだろう。前者は壁や鍵で身体を分ける。後者は何も塞がず、通る前と後を心の中で分ける。
橋を渡り終えて振り返ると、同じ鳥居の向こうに帰り道が見えた。開いたままの門は、入るときには入口で、戻るときには出口になる。閉じないからこそ、どちら側に立ったかをこちらへ問い返しているようだった。