走る人の文字

歩いている人には、店の看板を読む時間が長くある。名前を読み、営業時間を確かめ、入口の場所まで探すことができる。
車で通り過ぎる人には、同じ看板が数秒しか見えない。近づいて文字が読める大きさになったと思えば、すぐ横へ流れ、背後へ消える。読む人が速いのではなく、読める時間の方が短いのである。
そのため、道路沿いの言葉は大きく、短くなる。何を売る店なのか、どこで曲がるのか。細かな説明を削り、残した数文字を遠くから届く大きさにする。
文字の寸法は、建物の大きさだけを表しているのではない。どれほど速く通り過ぎる相手へ話しかけているかも示している。歩く人には大声に見える看板が、走る人には一瞬の普通の声になる。
信号で止まると、それまでちょうどよかった文字が、急に大きすぎるように見えた。看板は変わっていない。読む側の速度だけが、ゼロになったのである。