或る世界

命令は枝の向こう

届かなかった言葉は、まだ指示になれない

注意書きは、書かれているだけでは役目を果たさない。読む人の目へ届き、まだ行動を変えられるうちに意味がわかって、初めて指示になる。

入口の前で立ち止まったとき、壁の文字は植え込みの向こうに半分隠れていた。少し横へ動くと、駐車についての言葉らしいことがわかった。そこまで読めれば残りも想像できるが、最初に見えたのは、命令の途中だけだった。

何かを置いたあとで全文に気づけば、その言葉はもう行き先を教えない。いまから直せ、と責める言葉になる。同じ文章でも、届く順番によって案内から判定へ変わってしまう。

伝えた側は、そこに書いてある、と言うことができる。しかし、伝えることと、文字を置くことは同じではない。読めなかった人の不注意と、読めない場所へ置いた人の不注意は、枝の重なったところで簡単には分けられない。

風が吹くと、葉の隙間から文字が一度だけ全部見えた。命令は初めから壁にあった。ただ、届く機会の方が、風に任されていたのである。