或る世界

背中側の正面

振り向かずに見た景色も、まだ背後にある

鏡のような外壁に沿って歩くと、前を向いたまま、背後の通りが見えることがある。身体はこちらへ進んでいるのに、視線だけが来た道を歩き直す。

振り返るのとは少し違う。首も足も進行方向に残ったままで、通り過ぎた人や遠ざかる角だけが、壁の中からこちらへ近づいてくる。鏡の中では、背後が目の前にある。

後ろから自転車のベルが聞こえた。振り返るより先に壁を見ると、映った自転車が小さく近づいていた。外壁は建物の顔でありながら、短いあいだだけ街のバックミラーにもなる。

鏡は背後にあるものを移動させない。ただ、そこから届く光だけを、顔の向いている側へ回してくれる。見える場所と、ものがある場所は別のままである。

外壁が途切れると、背後の通りは急に見えなくなった。景色を失ったのではなく、身体と同じ側へ戻っただけだった。