或る世界

名札はあとで

知らないものへ足を止めるのに、名前はいらない

知らないものに出会うと、名前を知るより先に足が止まることがある。何という植物だろう、と考えるのは、すでに目を奪われたあとのことである。

名前がわかれば安心する。検索する言葉ができ、どこに生え、どんな季節に変わるのかも調べられる。目の前にしかなかったものが、同じ名を持つ無数の仲間へつながっていく。

しかし、名を知る前に見ていたものが、間違いだったわけではない。花だと思って眺め、葉かもしれないと迷い、どちらかわからないまま面白がった。その迷いは、正解を知らなかったために生まれた、短い見方である。

名前には、ものを見つけやすくする力がある。その一方で、見つけたものを早く片づけてしまう力もある。「これは何々だ」と言えた途端、それ以上見なくてもよいような気になる。

結局、名前は調べずに歩き出した。知らないままにしておきたかったのではない。足を止めた理由だけは、名札を付ける前の形で持ち帰りたかった。