硬貨のあとで

自動販売機の前では、買うつもりがないときほど、たくさんの商品を落ち着いて眺められる。甘いもの、苦いもの、冷たいもの。どれを選ばなくてもよいので、一つずつ比べることができる。
ところが、硬貨を入れると、同じ並びが急に選択肢へ変わる。さっきまで眺めていただけのボタンが、どれを押すのかとこちらへ迫ってくる。機械の中で硬貨が落ちた短い音は、考える時間に始まりを告げる音でもある。
選択肢は、初めからそこにあるわけではないのかもしれない。何も差し出していないうちは、いくつ見比べても、それは可能性の陳列にすぎない。金や時間や約束を先に渡したとき、可能性はようやく、選ばなかったものを残す選択になる。
旅行先を地図で眺めるのは楽しい。どの街にも行ける気がする。しかし切符を買えば、地図の上の点は、行く場所と行かない場所に分かれ始める。自由が減ったのではなく、眺めていた可能性の一つが、こちら側へ動き出したのである。
しばらく迷ってから、一つのボタンを押した。音を立てて缶が落ちると、残りのボタンはまた静かな眺めへ戻った。