或る世界

急ぐ人は薄い

たくさん動いた人ほど、一つの場所には薄く残る

急いでいる人ほど、その場所にいた姿を、はっきり残さない。用事をいくつも済ませ、長い距離を動いたはずなのに、一つ一つの場所にとどまる時間は短いからである。

忙しかった一日を思い返すと、何をしたかは並べられる。どこへ行き、誰と話し、何を受け取ったか。しかし、そのどこにも自分が落ち着いて立っている場面がない。次の用事へ向かう途中の背中ばかりが浮かぶ。

動いた量と、残る濃さは同じではないらしい。長く座っていた人は、一つの椅子に深い記憶を残す。走り回った人は、多くの場所へ触れる代わりに、どこでも輪郭が薄くなる。

たくさん動いたのだから、濃い一日だったはずだと思う。それでも、夜になって一日を振り返ると、自分だけが景色を早く通り抜け、街の方がじっとこちらを見送っていたような気がする。

急いだ日の私は、いくつもの場所にいた。ただし、どの場所にも、半分透けた姿でしか残っていない。