借りた地名

待ち合わせ場所を、店や看板の名前で決めることがある。住所を一字ずつ伝えるより、「あの大きな広告の下」と言う方が早い。地図に載らない呼び方でも、二人が同じ角を思い浮かべれば、それで足りる。
ところが、借りた名前には期限がある。店は閉まり、広告は別の商品へ替わる。建物そのものがなくなることさえある。それでも、以前そこで会った人との間では、古い名前が待ち合わせ場所として残り続ける。
街には、正式な地名とは別に、人が用事のたびにつけた私的な地名があるのだろう。初めて食事をした店の前、道に迷って電話をかけた交差点、雨宿りをした軒下。名前を貸していた店が消えても、その場所で起きたことまでは一緒に消えない。
少し早く着き、かつて目印だった看板のあたりで待った。そこには別の名前が明るく出ている。それでも、遅れてきた人は遠くから手を上げ、昔の名前でその角を呼んだ。