矢印の手前

大きな駅で迷ったとき、案内板を見れば見るほど動けなくなることがある。矢印はどれもはっきりしているのに、自分がどの出口へ行くべきなのかがわからない。
案内は、行き先を知っている人には親切である。番号や路線名を選べば、曲がる方向も、上る階段も教えてくれる。しかし、待ち合わせ場所を曖昧に覚えていたり、地上へ出てから向きを決めようと思っていたりすると、たくさんの矢印は、可能性を減らすどころか増やしてしまう。
私は案内板の前で立ち止まり、地図を開き、また顔を上げた。道がわからないのではない。どこへ行きたいのかを、まだ十分に決めていなかったのだ。
指示に従うことと、行き先を決めることは別らしい。矢印は、その手前にいる人の代わりに目的地を選んではくれない。結局、近くの出口から地上へ出ることにした。正しい道を見つけたのではなく、ようやく一つを選んだだけだった。