或る世界

余分な仕事

役に立たないひと手間が、場所を記憶に残す

仕事で何かを作るとき、最初に決めるのは「必要なもの」である。正しく動くこと、壊れにくいこと、使う人を迷わせないこと。それだけでも、作るべきものはいくらでもある。

だから、役に立たない飾りは後回しになる。なくても動くものへ時間を使うより、不具合を一つ減らした方がよい。そう考えるのは、たいてい正しい。

ところが、街を歩いていて覚えているのは、正しく役目を果たしていたものばかりではない。用事のない場所で足を止め、誰が加えたのかわからない遊びを見つける。そのひと手間がなくても道は使えるのに、それがあったために場所を覚えている。

丸い目が二つ付くだけで、道具にも性格が生まれる。機能に関係のないものは、機能とは別の役目を持つのかもしれない。使えるようにする仕事があり、もう一度見たくなるようにする仕事がある。

余分なものをすべて削れば、たしかに無駄はなくなる。しかし、無駄のない街を、私はどれほど覚えていられるだろう。雨の残る道で足を止めながら、少しだけ余分な仕事をした人のことを考えた。